Ray Tonic, Inc.

Philosophy

ここで挙げるのは、私たちが⽇々の⾏動をする上で常に意識する基本的な考え、価値基準です。項⽬の数は多くなってしまいましたが、対⼈関係を⼤切にしつつ、すべては⾃⼰責任(⾃⼰判断)のもと、⾃然体(等⾝⼤)で⽣きる、この3つのキーワードについて、少しずつ異なる⾓度から異なる⾔葉で繰り返し触れています。

また、この価値基準は、企業経営においても個⼈の⼈⽣においても共通で意識しています。意識するというよりは、いつからか私たちの⾝体と脳に染み付いています。すべての項⽬に賛同する⼈は社外にはいないと考えていますが、1つでも多くの項⽬を理解、賛同または実践していただける⽅々と会うことができたらうれしいです。

自然体(等身大)で生きる

A-1
⾃分が何者なのかをよく理解し、背伸びも、出し惜しみもしない。
⾃分がやらないほうがいいことや⾃分ではなくてもできることは、躊躇せず他⼈に依頼する。
⾃分がやることで他⼈とは異なる価値を⽣み出せることは、すべて⾃分がやる。
A-2
なにをやるか(を書いた台本)より、(状況に応じたアドリブで)どうやるかが大事。
⼩さな興味や関⼼を追い続けた結果、後で振り返ったらなにをやっていたかが分かればよい。
挑戦する過程で⼀瞬⼀瞬をどう切り抜けるかは、事前に決めることはできない。
また、後で振り返ったときに楽しかったと思えることをする。意識して楽しもうとはしない。
取り組む前から楽しもうとするのと、⾃然に振る舞った結果が楽しかったのとは違う。
A-3
⼈⽣(企業経営)において間違った選択は存在しない。
おなじタイミングで1⼈の⼈間が2つの道を同時に進むことはできない。選べる道は1つだけ。
時計を戻して選ばなかったほうの道を試してみることはできないのだから、
いま⽣きているということは、ずっと正しい選択を積み重ねてきた結果でしかない。
A-4
お⾦は稼ぐことより使うことのほうが重要。
個⼈の⽣活、社会貢献の両⾯において、お⾦を使わないなら稼ぐ意味がない。
⾃分が稼いで⼿にしたお⾦はすべて豪快に使う。お⾦を使うことは決して悪いことではない。
使うことで様々な経験ができてまた新たな使い道を⾒つけてしまう循環を⽌めない。

⾃⼰責任(⾃⼰判断)のもとで⽣きる

B-1
他⼈の意⾒や情報は取り⼊れるが、判断と決断と選択は必ず⾃分⾃⾝が⾏う。
⼈やもの、事象が持つ⾒た⽬や値段、評判、看板は本質とは限らない。
⾃分の脳で考え、⾃分が本質だと感じるものを信じて判断し、⾃分の⾔葉や⾏動で表現する。
流れてくる情報を咀嚼せずに発⾔、⾏動してはいけない。
B-2
外部要因に逃げてもなにも解決しないから、⾃分以外の⼈や事象のせいにはしない。
天変地異や不測の事態が起きたときに倒れてしまったら、それは⾃分の責任。
⼤富豪での⾰命や桃太郎電鉄でのキングボンビーが現実の世界で降りかかってきたとしても、
そこでゲームセットにはならないようなカードを必ず⼿元に何枚か持っておく。
B-3
推奨ルートは状況によってめまぐるしく変化する、という点を常に考えながら⾛る。
突発的な渋滞や⼤量の⾚信号の中でぼーっとしていると、時間を浪費するだけ。
失った時間は取り戻すことができない(時計は前にしか進まない)から、1分1秒を⼤切にする。
⾃分が最良または最短だと判断した道はたとえ泥道でも正しいから、信じて突き進む。
B-4
⾃称弱者になってはいけない。また、⾃称弱者の味方もしない。
※詳細を説明しないと誤解を⽣みやすい内容のため、補⾜の掲載は控えます。

対⼈関係を⼤切にする

C-1
愛と笑いと厳しさとリスペクト。
他社、他⼈と仕事をする際は、この4点セットすべてが備わった関係性の相⼿と仕事をする。
⾃分と相⼿、どちらかにどれか1つでも⽋けていたら良い仕事はできない。
C-2
会社は仕事をしない。仕事をするのは⼈。
A社に依頼したからもう安⼼、B社は評判が悪いから敬遠する、という判断基準は正しくない。
光を放つ⼈はどこにいるか分からないし、どこにいても輝く。だから⼈を⾒て判断する。
C-3
他⼈のスキルには⼀切期待しない。他⼈の(悪意のない)失敗を責めてはいけない。
他⼈の成果に期待した結果、失敗したときにダメージを受けてしまうようではB-2に反する。
ただし、悪意のある、もしくは2度⽬以降の失敗に対しては厳しく追求する。
C-4
家族以外に叱ってくれる⼈が周囲にいなくなったら存在価値がない。
裸の王様にはならない。年齢を重ねれば重ねるほど、本気で意⾒してくれる⼈を⼤切にする。
そのような⼈がいない=狭い⾃分の世界の中だけで⽣きている=社会生活とは言えない。